メンタルヘルスが超大事な理由 前編

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こんにちは!ロディです!
企業で メンタルヘルス推進担当者 をしています。

本サイトは、メンタルヘルスのことがよくわかる総合サイトです。
この記事を最後までお読みいただくと、以下の内容がわかります。

  • メンタルヘルスとは何なのか?
  • うつ病の恐ろしさ
  • 私のうつ病体験



こころが健康な状態とは?

メンタルヘルスは、こころの健康 のことです。
体の健康と同じで、こころにも 「健康な状態」「不健康な状態」 があります。

「こころが不健康な状態」にはストレスが密接に関係しています。
ストレスがあるから、イライラしたり、鬱々とした気分が生まれるわけです。


ストレスの元のことを「ストレッサー」といいます。
ストレッサーによって引き起こされた気分のことを「ストレス反応」といいます。
ストレスは必ず「ストレッサー」と「ストレス反応」がセットになっています。

「こころが不健康な状態」とは、ストレスが過剰にかかっている状態のことです。


ここまでの説明で、「こころが不健康な状態」について理解できました。
では、「こころが健康な状態」とは、どのような状態のことをいうでしょう?

おチュール
おチュール

ストレスが全く無い状態のことかしら?

ムサシくん
ムサシくん

確かに、ストレスが無ければこころは健康でござる。
でも、ストレスは外からやってくるものだから、残念ながら、

完全になくすことはできないでござる。


ムサシくんが言う通り、ストレスは基本的に外からやってきます。
社会生活を送っていれば「人間関係のストレス」がありますし、夏の暑さや冬の寒さは「物理的なストレッサー」になります。


私たちは生物として地球に生きている以上、ストレスからは逃れられないのです。


このように「ストレッサー」はコントロールできませんので、ストレスは”ある”という前提で、ストレスを受けたときに「ストレスに上手に対処できている状態」のことを「こころが健康な状態」といいます。

こころが健康な状態とは…
ストレスがかかったとしても、「ストレスに上手に対処できている状態」のこと


うつ病の恐ろしさ

「こころが健康な状態」の定義がわかったところで、具体的にメンタルヘルスを良くする方法を知りたいと思ったかとおもいます。

その前に、「こころが不健康な状態」を放置することの恐ろしさを説明させてください。

ねこじろう
ねこじろう

心して聞くんだぜ


メンタルヘルスが超大事な理由は、「ストレスが過剰な状態を放置していると精神疾患になってしまうから」です。

精神疾患には、 「うつ病」「適応障害」「統合失調症」 など様々な種類がありますが、今回は最も代表的な病気として、うつ病の怖さについてお話したいと思います。



「うつ病」と聞くと、あなたはどのような症状を思い浮かべますか?


おチュール
おチュール

気分が憂うつになって落ち込む感じかしら?

「うつ病はこころの風邪」と言うように、気分が落ち込む程度だとイメージしている方も多いと思います。

ところが、実はうつ病にかかるともっと多くの様々な症状が出ます。

うつ病の症状

悲しく憂うつな気分が一日中続く
・これまで好きだったことに興味がわかない、何をしても楽しくない
・食欲が減る、あるいは増す
・眠れない、あるいは寝すぎる
・イライラする、怒りっぽくなる
・疲れやすく、何もやる気になれない
・自分に価値がないように思える
・集中力がなくなる、物事が決断できない
・死にたい、消えてしまいたい、いなければよかったと思う


「うつ病は心の風邪」という言葉は、「うつ病は風邪のように誰でもかかる可能性があるよ」という意味合いを込めて広められた言葉なのですが、「風邪のように簡単に治る」 という意味だと勘違いされて広まっている節もあります。

うつ病は、数ある病気の中でも治療期間が非常に長い病気です。
うつ病の発症から自然治癒までにかかる期間は、平均で 6ヶ月~12ヶ月ほど
適切な治療を受けた場合でも、良くなるまでに、平均で 3ヶ月~6ヶ月 かかると言われています。


治療を続ければ良くなっていく一方で、うつ病は、一度治ったように見せかけて再発する確率が非常に高い病気だと言われています。

一度目の再発率が60%。

二度目の再発率が70%。

三度目の再発率が90%

です。

このことから、うつ病が良くなった状態を「完治」とは言わず、症状が落ち着いている状態として「寛解」という言い方をします。

一度寛解したとしても再発する可能性がかなり高いですし、再発しなかったとしても、「いつか再発するかもしれない」という不安を抱えて生きていくことになります。

このように、うつ病は非常に厄介な病気なのです。


なお、うつ病の症状の重さにも程度があります。
軽度のうつ病であれば治療を受けながら仕事をしたり、学校に行ったりできることもあります。

しかしながら、中~重度のうつ病になると症状が重くなり、働いたり学校に行くことができなくなってしまいます。

そうなると、収入が減って生活に支障が出たり、学業に遅れが出て希望の学校へ進学ができなくなったりします。

そればかりか、症状が重くなると、「死にたい、消えてしまいたい」といった 希死念慮 が生まれてきます。

実際に、自殺をしてしまった人の自殺直前の精神状態を調べてみると、9割もの人が何らかの精神疾患にかかっていたというデータがあります。そのうちの4割がうつ病とのことです。

このように、うつ病は人生全般に悪影響を及ぼすばかりか、最悪の場合は自殺にもつながる非常に恐ろしい病気 なのです。

おチュール
おチュール

うつ病恐ろしすぎでしょ。


私はうつ病を14年間患っています

ここまで、うつ病の恐ろしさについてお話してきましたが、実は私自身もうつ病を患っていますので、私のうつ病の体験談もお話させてください。


私は、28歳のときにうつ病になりました。
東日本大震災があった年のことなので、2011年のことです。

うつ病になった原因は、当時働いていたコールセンターの忙しさと、クレーム対応の多さ、プライベートでのゴタゴタなど、多くのストレスがあったにも関わらず、ストレスに対処する知識やスキルがなかったことでした。


私は内向型の性格で、超人見知りです。
さらには、当時はまだ発覚していませんでしたが、発達障害のASD+ADHDを持っています。

こんな人間がコールセンターでSV(管理職)をしていたのですから、そりゃ神経もゴリゴリすり減ります。

私が特にメンタルを病んだ原因がクレーム対応でした。
私が勤めていたコールセンターはクレーム率が高く、オペレーターで対応しきれないクレームが日に何件もエスカレーションされてきます。


時間は少し遡ります。


このコールセンターに勤める前は、某携帯電話会社の登録センターでOJTトレーナーやリーダー職をしていました。
あるとき新部署が設立されることになり、その部署への異動の辞令が下ります。
他のメンバーと一緒に新しい部署を作り上げていくのは大変ながらも楽しかったと記憶しています。

が、この部署は2年ちょっとで別の拠点に移管されることになり、やりがいが無くなってしまった私は、部署の移管とともに退職します。


次の職を決める前に退職してしまった私は求人情報誌で仕事を探し始めます。
(こういうところが発達障害っぽいですね)

程なくして見つけたのが、新規に設立されるカスタマーサポートのコールセンターでした。
誌面上はアルバイトの募集だったのですが、直近でOJTトレーナーやリーダー職を経験していたこともあり、「SVとしてやってみない?」と嬉しい提案をしていただきました。

当時はまだ20代前半だったので、キャリアが積み上がっていくのが嬉しくて、「頑張るぞ!」と息巻いていたことを覚えています。これが、2006年の出来事です。


ここで先程のクレーム対応が多い、という話に戻ります。
新設のコールセンターで、かつ現地で大量採用しただけあって、採用された人はほとんどが電話対応未経験者でした。
もちろん製品研修や電話応対研修はみっちりやったのですが、研修と実践ではまた違ってきます。

実際にセンターが稼働し始めると、クレームが頻発します。
知識が曖昧なまま案内した結果、誤案内をしてしまいクレームに発展したり、単純に電話応対スキルが低かったり、敬語ができていないオペレーターが応対クレームを発生させたり。
1日に40~50件という凄まじい量でした。


管理者は、窓口が空いている時間は、入電数の管理やオペレーターのフォローに奔走していて、クレーム対応まで手が回りません。
そこで、クレーム対応はその場で電話を変わるのではなく、折り返し電話にせざるを得ませんでした。

19時になるとようやくカスタマーサポートの窓口が閉まります。
そして、オペレーターたちは帰っていきます。

残されたのは、6~7人の管理者と、当日中に折り返しでかけなければいけないクレーム対応が40~50件…
一人あたり7件ほどをランダムに割り振って、一件一件電話をかけていきます。

短い電話でも20分、長くなると1時間…
19時から一人あたり7本の電話をかけるのですから、最後の方の電話は22時を過ぎたりします。
すると当然ながら、「一体何時にかけてきてんだ!」と、また別のクレームに…


こんな状態が3ヶ月くらい続いた結果、私はこころが疲弊してしまいました。

あまりの辛さにもう辞めようと思っていたのですが、支店長にうまく丸め込まれたことと、ちょうどこの時期から閑散期になりクレーム対応が減っていったことから、辞めるのを踏みとどまることになります。


その後は徐々にオペレーターのスキルも上がっていって、クレーム対応も減ってはいったのですが、ときすでにおすし、いや、遅し。
このときにはもうクレーム対応が怖くて怖くて仕方なくなっていました。

業務時間中は、いつ自分にクレーム対応が回ってくるかわからないので、気が気ではありません。
1秒たりとも生きた心地がしません。


そんな精神が不安定な状態の中、あるとき転機が訪れます。
メール対応の部署が新設されることになり、私がそのSVとして稼働することになったのです。

メールにも当然クレーム対応はありますが、電話のそれとはわけが違います。
リアルタイムでお客様とやり取りをしなくて済む、じっくり考えて返信ができるというのは、私の特性と非常にマッチしていました。

メールの部署に異動してから、こころの平穏を取り戻した私は、2年ほど平和に仕事ができていました。


しかし、平和は続かないのが世の常。


2011年に東日本大震災が発生します。
私は宮城県仙台市に済んでいましたので、震災の影響をモロに受けました。
命があっただけ本当に良かったのですが、職場の方は二十数階のビルの中ほどの階にあったため、地震の影響を受けて机やパソコンが吹っ飛んで大変なことになっていました。

さらにそこに悲劇が重なります。
クライアント側で顧客情報の漏洩事件が発生し、その問い合わせ対応を当センターですることになりました。


地震でめちゃくちゃになった職場は早々に復旧させましたが、そこからは、クレーム対応の嵐です。
情報漏洩の被害にあったお客様からの電話がひっきりなしに鳴り続けます。
また、内容が内容だけに、クレーム率も跳ね上がりました。
かけてくるお客様のほとんどが怒っているのです。



このような状況もあり、メール対応の部署で管理職をしていた私も、電話対応に駆り出されます。

そして、久々のクレーム対応をしたときに、過去のトラウマが蘇ってきました。
このときのクレーム対応はそんなに難しい案件ではなかったのですが、またクレーム対応をする日々が続くのかと思った瞬間にこころが完全に折れてしまいました。


働くのが辛くなってしまった私は、5年半勤めたコールセンターを退職しました。
そして、ここから暗黒時代が始まります。

仕事を辞めた当初は、2~3ヶ月ほどこころを静養すれば、また転職活動ができるだろうと思っていました。


しかし、3ヶ月経っても、半年経っても気力は戻りません。
それどころか、仕事のブランク期間が長くなっていくことで、転職活動が怖くなり身動きが取れなくなっていきます。

今思えば、さっさと精神科に行って治療をしていれば良かったのですが、結果的に、当時私は病院にかかることはありませんでした。

病院に行くとなると治療費がかかります。
無職で貯金を切り崩して生活していた当時の私にとって、継続して病院に通い、その都度数千円の診察台やお薬代がかかるのが致命的だと感じたのです。

本来であればむしろ逆で、さっさと治療をして仕事を見つけた方がベストなのですが、「知識がない」とこういう誤った判断をしてしまうのですね。

また、行政に頼れることも知りませんでした。


こうして、どうしたら良いかわからないまま、丸2年間が経過します。
丸2年間無職だったということです。



この頃には貯金も尽きかけていて、あと1ヶ月分の生活費があるかないかという状況でした。
さすがに仕事をしなければという焦りもありましたが、うつの症状もありましたし、就活をしてもブランク期間に何をしていたのかを聞かれたときの恐怖を想像すると、なかなか重い腰が上がりませんでした。

なお、ここまでの間、実家に帰省したり親に頼らなかったのは、私の親が毒親だからです。
しかし、これほど切羽詰まってはそうも言っていられません。

最終手段として私は、親に電話します。
事情を説明し、「病気が良くなるまで帰省させてもらえないか」と打診したのですが、やはり毒親です。
みごとに突っぱねられてしまいます。

子のピンチを助けない親、やばたにえんの極みです。


こうなると本当に死ぬか、就活をするかの2択です。
どうせ何もしなくても1ヶ月後には貯金が尽きてどうにかなってしまうのであれば、最後にもがいてみようと思い、求人情報誌でアルバイトを探します。

すると奇跡的に、業務拡大中のネットゲームで、メールカスタマーサポートの人員を募集している求人が見つかりました。

この求人に採用された私は、なんとか首の皮一枚で死を免れました。

本当に偶然、これまでのスキルを活かせる仕事がすぐに見つかったので良かったのですが、もし仕事が見つからず貯金が尽きていたら、自死という道を選んでいたかもしれません。


なお、せっかく仕事に就けたものの、就職した会社はブラック企業でした。。。
本来であれば、すぐに辞めるべきでしたが、直近で2年間無職だったことと、お金が無くなっていく恐怖を知っていたため、1年ちょっとは我慢して勤めました。

しかし、就職して1年が経過するころには、あまりのストレスに、「群発頭痛」という頭痛の中でもトップクラスに痛みが激しい頭痛を発症してしまいます。
※一説によると痛みの強さは尿路結石と同等レベルだそうです。

群発頭痛が発症してしまった私はまたしても働けなくなり、ブラック企業を退職します。


長くなってしまったので、この後の話は端折りますが、この後も、転職活動に数ヶ月かけて転職できても、2年あまりでうつが原因で退職、また数ヶ月転職活動をしてせっかく働けても、半年ほどでうつが原因で退職します。


これが35歳の頃です。
この頃に本屋さんでたまたま発達障害に関する本が目に留まって、発達障害というものの存在を知ります。

そして、発達障害の検査を受けて、ASD+ADHDの診断が下るのですが、この話はまた別の機会に詳しくお話したいと思います。



ということで、私は28歳から現在までうつが続いていますので、実に14年間もうつ病と付き合っていることになります。

なお、28歳当時は病院にかかっていませんが、現在よりもよっぽど精神状態が酷く、希死念慮もあったため、うつ病だったであろうと判断してそのように書いております。

うつ病の発症から自然治癒までにかかる期間は、平均で 6ヶ月~12ヶ月 と書きましたが、これはあくまでも平均値です。

私のように10年以上もうつ病と付き合っている人間もたくさんいます。

そして、ひとたびうつ病にかかってしまうと、長期間働けなくなり、それによって生活に影響が出て、金銭的な不安が頭から離れなくなり、誰にも助けを求められず孤立して、最終的には自死も考えるようになってしまいます。


うつ病は本当に怖い病気です。

だからこそ、みなさまには、うつ病をはじめとする精神疾患にかかってほしくないのです。


幸いなことに、精神疾患にかかりにくい心身を作る予防法と、ストレスがかかってしまったときに実践できる対処法が存在します。

そしてこれらは、知識とスキルを身につけることで、誰でも習得することができます。

メンタルヘルスが超大事な理由 -後編- では、この知識とスキルについて具体的にお話していきます。



おチュール
おチュール

乞うご期待!

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